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嘘と意志薄弱
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ある作家の方が「嘘」について、わかりやすい文章で書かれていました。
嘘をついていると、自分の本当の姿がわからなっていく…ということは、
誰もが知っていることだと思います。
けれど、それを更に深く述べられていて、ああなるほど…と、
とても腑に落ちたので、抜粋しました。

・・・・・
意志薄弱、意志が弱いために、何をやっても中途半端になる。
ところが、意志は弱いくせに、強情なんです。
いや、意志が弱いから強情になっている、といったほうがいいのかな。
自分の「意志薄弱」を押し隠すために、自分自身を正当化しようとする。
そのためには嘘を平気でつく。すぐにばれる嘘であろうと、
他人が迷惑する嘘であろうと、次から次へとついてゆく。
ひとつの嘘を糊塗するために次の嘘をつく。その嘘がばれそうになると、
これを糊塗するために別の嘘を吐く。こういうのを「嘘の再生産」というのです。
こうなると、男も女もあわれですね。
しまいには、自分のついた嘘が虚言なのか真実なのか、わからなくなってくる。
自分自身で大混乱している。こういう人間に限って、他人から嘘をつかれると、
ものすごい剣幕でひらき直る。怒髪天をつく、といった表情です。
顔面蒼白、眼がフクロウのように丸くなる。
「あら、あたしが、いつ、そんなことをいいましたか?」
見るからに卑しい顔になる。毛穴が開いて、どす黒くなるせいでしょうか。
誰だって、そんな卑しい顔を見たくない。
見たくないから、相手の嘘がよんどこちらの被害にならない限り黙っている。
いや、そのうち、相手が嘘を積み重ねて、自分自身の嘘の重さで理性の足をとられ、
どてんと無様にひっくりかえるのを知っている。だから黙っている。
ひっくり返る前に手を出して、何とか助けてあげようとすると、
嘘をつく男や女は、その救いの手があたかも当然であるかのような顔をしやすい。
まず、そういう気持ちに自分自身をしています。自分までだましているのですね。
だから、救いの手を伸ばせば伸ばすほど、相手の虚言癖を増長させることになり、
かえって、罪作りになるのです。
それでね、黙って、相手が彼自身の嘘で破滅するのを待つのみなのです。
それがいちばん友情のある方法なんです。
絶対に途中で救いの手を出してはいけません。
相手は「決して感謝せず」、それを「当然の事」として受け取り、
自分自身を正当化してゆく。
いるんだよな、そういう人間が。
妻子のある四十男にもいるし、年端もゆかぬローティーンにもいる。
病気、というより他にないね。
若い女性の場合、その病人が外国生活を送ることが多いんだね。

…なるほどと思いませんか?この後も、

集中力がないものだから価値のある対象にめぐりあうことができない。
イライラし胃腸の調子が悪くなり、酒におぼれ、
人生に価値あるものを見いだせないものだから、
その空隙を何かの形で埋めようとするのだね。
恋愛。外国生活。大人の口まね…

と続いていきます。
感謝、思いやりがわからない=淋しい人生です。
目の前に差し出された手は、当然ではありません。
目の前にある温もりに気づけなければ、
どこにも見いだすことはできません。
幼い頃に読んだチルチルミチル…「青い鳥」。
子ども心に「自分を幸せに出来るのは、自分の心なんだ」と思ったものです。
現実をどう捕らえるかで、人生の見え方は変わってきます。
お子さんに「嘘をついてはいけません」と教えると思いますが、
嘘の持つ怖さ、人生を虚構のものにしてしまわないように、
大切なことは丁寧に伝え、私たち自身も気をつけていきたいものですね。
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by codomo_bunka | 2012-06-21 17:44 | ひとりごと