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児童虐待
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過去最悪という数字の裏に、表面化していないケースが何十倍あるのだろうと思います。
表に出てくるケースは近隣に知れ渡るあからさまなものだけです。
たくさんの子どもが恐ろしくて言い出せず、虐待をする保護者は人知れず行います。
また、虐待と気づかず行っている方もとても多いのが現状です。

虐待の一つにネグレクト(育児放棄)があります。
ネグレクトとは、児童虐待調査研究会(1985年)による児童虐待の定義によると
遺棄、衣食住や清潔さについての健康状態を損なう放置(栄養不良、極端な不潔、
怠慢ないし拒否による病気の発生、学校へ行かせないなど)となっています。
本来の英語では“無視すること”という意味です。
私は虐待は保護者に限らず、周囲の人々の無関心によるところが大きいと考えます。
他人事、人のことに立ち入っては行けない、自分が抜きん出ることが大切…
そういった戦後教育のもと、人間関係を上手く築けなくなり、
手助けの仕方もわからなくなってきているのです。
愛情の反対は、暴力や虐待でなく無関心です。
人は一人では生きていけません。
他人を思いやる気持ちがなくなれば、無差別…事件が起きるのも当然のことです。

以前、反応性愛着障害(いわゆる愛着障害)のセミナーを受けたことがあります。
愛着障害とは、無神経な多数の世話人による養育、ネグレクトや虐待などで
引き起こされる、愛着欠如状態のことです。
症状の一部には
*恐怖感と不安感を隠し持ち、その現れとして激怒反応を起こしやすい。
*人を信じない。
*威張り散らす。
*人を操ろうとする。
*心からの情愛や 愛情を受け入れず、自分も与えることが出来ない。
*知らない人には、誰でも構わず愛嬌を振りまく。
*他人との優劣でのみ自分のことを測る(学歴、収入、結婚などわかりやすいもの)

周囲を見回すと、こういった症状(性格)の方が増えている気がします。
特別なことでなく、普通のことになりつつあるのです。
人は育てられたように、子育てをします(虐待の連鎖)。
虐待を受けた子どもには、虐待の種類を問わず“心の傷”が生涯つきまといます。
その傷を癒していくということは生半可に出来ることではありません。
思い出したくないことを顕在化していくのですから、本当に苦しく辛いものです。

虐待は一つの要因というよりも、そこから派生した複合的な要因がからみあって
起こると捉えるべきだと思います。
現在の日本は社会不況の中にあるとはいえ、多くの貧困国からみれば豊かな国です。
大きなことはできなくても、優しい言葉で挨拶する、何かを譲る…そんな気持ちで
一人ひとりができることを日々行っていくことが大切だと思います。
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by codomo_bunka | 2009-11-07 22:34 | ひとりごと